Neck Tie

実用性からは程遠いネクタイ でも手放すことはできません

● 歴史

ネクタイは首に巻いたり 締めたりする アクセサリーですよね
いや 会社に行く義務的な物だとおっしゃられると その歴史は  近代それも日本では明治辺りからになってしまいます それじゃあ 話しがすぐ終わりなので アクセサリーと仮定します

ローマ時代は弁士が街頭に立って いろいろなことを弁じていました まだ 形ができていない頃ですから どんな話しでも一つの世界ですね

この弁士達が首に巻いていた物 これがネクタイの始まりかもしれません フォーカリアと呼ばれていた 1枚の布が ネクタイの始まり いや首に何かを 巻いた始まりです
知的エリートの存在を強調する為 声が出なくならないように 喉を守る為に 1枚の麻布は こうして舞台に登場したのです 紀元前50年の頃のお話し

ずいぶん昔ですが ローマ兵士が防寒用に首に巻いたウールのフォーカル が首に巻きつけた最初の出来事です ほかにもいろいろありますが 洋服と 軍服は関係が深いことが多いのです トレンチコートも軍服でした 本当です

ただアクセサリーとしての ネクタイの登場は もっと後になり 1600年頃

ベルサイユ宮殿にルイ14世の応援に駆けつけていた オーストラリアの クロアチア兵士が 首に巻きつけ 前で結んでいたネクタイを国王が非常に 興味を持ち レースや刺しゅうで縁取りをし 首飾りを作らせ 軍隊の制服に してしまいます このおじさんがつけた名前が クラバット なんとなく聞いた事 ありませんか だんだん近づいてきましたね 

宮廷でも このクラバットを広める為 クラバット係りを作って 結び方を指導 し 宮廷ファッションにしようと考えたみたいです 彼の突撃隊に新しい名前を 付けました 名づけて ロイヤル クラバット レジメント あれっ また聞いた 事があるような言葉ですね 英語はさっぱりですが レジメントの形容詞? 違っていたら教えて下さいね
レジメンタル やっと今のネクタイの柄の名前に なりましたね 

貴族や軍隊のアクセサリーだった クラバットも ドイツ軍との戦いで奇襲を 受けとりあえず 両端をねじり ボタンホールに指しこんで戦って勝利を 収めた
この簡単な結び方を 一般の人も真似るようになり だんだんと 浸透して行きました

時代も19世紀になると メンズファッションの主流はフランスからイギリスへと 移っていきます
そうなると クラバットはようやくネクタイと呼ばれるように なってきます ロンドンスタイルはパリスタイルと違い 軽快な服装が求められ それによって ネクタイも軽快で結び方もシンプルになっていきます

ネクタイの結び目だけを切りとって 蝶ネクタイが考案されました
どちらかというと 巻きつける感覚のクラバットが ロンドンっ子によって 結ぶ感覚になったんですね 結んだほうが すぐ取れないし ずれないし 軽快ですよね

  19世紀後半 アスコット競技場に観戦に来ている 英国人紳士の胸元に なびくタイ
そうアスコットタイの登場です この競馬場が大井だったら 大井タイって呼ばれる訳です 余計でした

今のようなネクタイになったのは 100年前くらい 大剣 小剣も その頃と今では ほとんど変わってはおりません

  正式な名前は フォア イン ハンド タイ

four in hand 四頭立て馬車の 意味ですが 御者がネクタイを結んでも 馬車の運転に邪魔にならない ようにと考えられた結び方 今では スーツにネクタイといったコンビ ネージョンですが御者が結んだ ネクタイの結び方が 100年たった今でも 変わらないのは これを考えた人 最高ですね 感謝です

知的なシンボルとして 戦場に戦う 男達の象徴として 実用的ではない ネクタイですが それだからこそ いいのかもしれません スーツとシャツだけ だったら ビジネスマン人生寂しく 胸元も泣いてしまいますね

では 日本で最初にネクタイを締めた人は 誰でしょう

土佐の漁師の家の 中浜万次郎 有名ですよね
  遭難して アメリカに渡り 帰国するときにネクタイを持ってきたのが始まり それから30年くらい経って 国産の蝶ネクタイが作られました

  今のネクタイが締められるようにねるのは 大正時代の終わり頃です
ただこの頃でも スーツはまだまだ一般の人のは浸透していませんでした ポピュラーになったのは 関東大震災のあとからでしょうか どうしてかって?
みんな焼けてしまって どうせ着るならスーツににしようかな そんな感じです

ご存知無いかもしれませんが 昭和29年マンボ ズボンが大流行すると ネクタイもマンボ タイといって カラフルなエンジ 紺 茶のネクタイが 流行してきます 国防色一色の世の中から いきなりカラフルな世のなかに なりました
ちなみにこの年 マリリンモンローが来日しています テレビ 放送は1年前の28年から始まっています いよいよ日本が凄い勢いで 発展し始めた頃と ネクタイのバリエーションの広がりは一致します

  色も鮮やかな色から パステル調へと変化して行きます 原色はメリハリ 付くけど 柄を選ぶし コーディネイトも限定されるし より楽しくと いろいろな 柄が登場します ストライプ ドット チェックなど今でも有る柄ですね

さあ 昭和31年 この年は変化の年になりました アイビールックの登場です 現在 東京都知事でいらっしゃる方が 太陽の季節で芥川賞を受賞すると 世の中 髪を短くした 慎太郎刈りの太陽族という人達が 街に溢れてきます ネクタイの巾もこの年から 一気に狭くなるんです

  昭和32年 アイビーカリブソスタイルが登場 ラメ入りネクタイが流行ります 男性化粧品もこの年から だんだん楽しくなってきましたね

33年はフラフープの大流行とロカビリー旋風の始まりです  ネクタイも細くなる一方です
36年六本木族が出てくると ネクタイの巾は 5センチくらいの無地が流行します ホンコンシャツもこの辺から出てきました

  アイビールックの頂点は 39年東京オリンピックの年だと思っています 銀座にみゆき族が登場です ネクタイの柄はぐっと東洋の感覚が入った物に なるんです ここでもオリンピックという影響が出ていますね さあ41年も凄い年でした エレキギターブームの中 ビートルズ来日! 原宿族が全盛の頃 ストライプの細いネクタイの全盛はこの年まで

どうして かって ビートルズの影響でグループサウンズの登場でネクタイの色が サイケ調の鮮やかな物へ モッズファッションの中でネクタイの巾も少しずつ 太くなっていきます サイケの次はカジュアルなネクタイへと変化します ネクタイもけっこう忙しかったろうに

  46年はアメガジの登場でアンノン族が登場 その影響かどうかネクタイも プリント柄が流行ります 47年バギーパンツの流行でヨーロピアンスタイルへ だんだんネクタイの巾が太くなって行き10センチくらいになっていきました

ヨーロピアンスタイルは アランドロンの影響もありそうですよ

52年には また登場 環境庁長官の慎太郎氏がネクタイ不用論をぶち上げ ます これでネクタイが一躍関心の的に そして翌年あのVANジャケットが なんと倒産 当時の私も友人も皆がっかりとこれからどうなるんだろうと ファッションの羅針盤のような存在だったVANがなくなる 信じられなかったな〜 ネクタイはどうかというと 舶来ブーム だいぶ豊かになったんですね

そして省エネブームでネクタイはまた憂き目を見ることに ループタイが流行り ましたが 若者には受け入れられませんで 結局没に

ボロータイというのがあるんですが これはループタイに似ていますが カウボーイファッションの衿もとのアイテム 開拓の精神 正義と勇気を象徴するこのタイはデニムシャツとよくあい ストリートキッズやフレンチヒップには人気が有るんです

もしループタイが流行 した時に おじさんシャツにループタイではなくて デニムにボロータイだったら ネクタイ事情はだいぶ変わっていましたね なんてったって かっこいいです

なんとか窮地をしのいだネクタイは 今のメンズファッションの中で 無用なのに 絶対に手放せないアイテムとなっていきます

いまは ネクタイの柄もコンピューターで作る時代になっています

慎太郎東京都知事は戦後のメンズファッションにも係わった方なんですね 太陽の季節 ネクタイ無用論  凄いな〜 世界が広いな〜やるじゃない

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